メリー・コンプライアンス

2018年12月21日

ドラキュラ伯爵は最後の一口を飲み下すと、その人の身体をそっとベンチに横たえました。牙から数滴の血がしたたり、伯爵のマントに染みを付けました。ドラキュラ伯爵は顔をしかめました。年内に済ませなければならない用事が、あと1つ残っていました。これから、とある公的機関に出向くのでした。そんなときに染みなど付いてほしくなかったのですが、黒いマントですからそんなに目立ちはしないでしょう。

ドラキュラ伯爵はマントを脱いで腕に引っかけ、「架空生物 欧州委員会」の標識を掲げた建物へと足早に向かいました。

デスクの向こうに座った男は、渋々書類から目を離してドラキュラ伯爵に目をやりました。

「GDPRに抵触、と言うのだな?」。ばかにするような口調で彼は続けました。「”サンタクロースは、無垢な子どもたちの個人データを用途不明なまま収集し、保管し、子どもたちのプロファイリングに使用し、さらに悪いことには…”」。彼は口調を戻して付け加えました。「君は、こうしたことを訴え出るのは自分が最初だと思っているのかな?」

「しかし…データを…」。ドラキュラは口ごもりました。

「おいおい、GDPRとサンタに関するこの手のたわごとは、GDPRが発表された日からひっきりなしに届いているのだよ。誰も彼も、その母親たちも、ぐずぐずと文句を言っている」。EUコミッショナーは机の引き出しを開け、厚い書類の束の一番上に載っていたドラキュラの告発状を取り出し、ひらひらさせました。

コミッショナーはラップトップで何かをちょっと見ていましたが、モニターを閉じると、ラップトップを抱えて立ち上がりました。

「彼はデータを集めている。古き系統たる君へ純粋なる敬意を表して、見せたいものがある」

二人は連れだって倉庫へ向かいました。EUコミッショナーはドアを開け、中へ入るようにと身振りで促しました。

部屋の中には、色とりどりのフォルダーでいっぱいの書棚がいくつもありました。多くは古びて見え、さまざまな言語のラベルが付いていました。コミッショナーは手近の長い棚に近づくと、ずんずん奥へと進んでいき、虚空を手で軽くはたいて言いました。

「不法侵入。不可侵権の侵害。主に煙突からだ。煙突のない家屋の場合もある。ここにあるファイルのいくつかは、国家安全保障上の理由で所在を明かせないところから来たものだ」

彼は数歩足を進めると、もう少し小さい別の棚を指さし、指折り数えながら言いました。「領空の侵害。応答装置なしの飛行。無許可飛行」

コミッショナーは、鮮やかな緑色のフォルダーが並んだ棚に指を突きつけました。

「ここにあるのは、弱者に同情する人々からの告発状だ。動物虐待。知っていると思うが、彼はトナカイを無理矢理飛行させている。彼らはルドルフに対する医療行為も求めている。あの赤鼻のトナカイだよ。鼻が赤いのは不健康のサインだ」

ドラキュラ伯爵は、少々自信がなくなってきました。彼はただ、延々と続くフォルダーだらけの棚を横目で見ていました。コミッショナーは明らかに楽しんでいました。コミッショナーは1つの棚の前で立ち止まり、フォルダーを取り出し、開き、大きな声で読み上げました。「”クロースとは、ニコラスという人名のドイツ語形であることを、ここに証する。1944年のこんにち、ドイツ人が英国軍将校の家屋に立ち入ることを、どうして許すことができようか…?”」

彼はフォルダーを元に戻すと、近くの棚から別のフォルダーを取り出しました。「ああ、これは私のお気に入りのやつだ!冷戦時代のものだな!”サンタクロースの服がなぜ赤いのか、不思議に思ったことはありませんか?共産主義の工作員が我々の頭上を飛び、我々の原理原則をむしばんでいるのです。一方で、モスクワ最大の玩具店はモスクワのジェルジンスキー広場、以前のルビャンカ広場にあり、KGB本部に隣接しています!彼はどこから贈り物を調達しているのでしょうか?”」

「でも、全部過去の話じゃありませんか」。ドラキュラ伯爵は口を挟みました。「論点はそこじゃありません。デジタル革命の時代には…」

「デジタル時代?デジタル時代について話したいか?いいだろう!」コミッショナーはラップトップを棚に置くと乱暴に開き、何かのドキュメントを開きました。「これだ、読みたまえ!」

ドラキュラ伯爵は、文章を見つめました。

私は超秘密組織に勤務しています。この組織について話すことは許されていません。私はしばしば自宅で機密レベルの超秘密情報を扱います。私のコンピューターは夜を徹して稼働しており、クリスマスも休むことはありません。したがって、私は、サンタクロースが、明かすことのできない目的をもってソースコードにアクセスする機会があったと確信しています。それだけでなく、彼はそのコードを、我々の国家安全保障上の脅威となる人々に渡したかもしれません。

「ええと、ばかげた話に思えますね」と、ドラキュラ伯爵は思いきって言いました。

「ばかげた?もっとすごいのもあるぞ。これなど間抜けそのものだ!」コミッショナーは別のファイルを開きました。ぎこちない字で署名された手書きのページを、スキャンしたもののようでした。

サンタクロースがジェド・マロース(※訳注)の名でロシア連邦市民のIDを有していることを、ここに証します。このようにして、企業で行われるパーティを隠れ蓑に利用し、ITセキュリティ企業各社のオフィスに侵入しています。それだけでなく、彼がこれら企業の顧客のデータにも不正アクセスが可能であり、こうしたデータを第三者に渡していることを確信するものです。

元工場勤務・エルフ一同(匿名希望)

「このとおり、君だけではないのだよ、伯爵殿」。コミッショナーは笑みを浮かべました。「理由はさまざまだ。だが深いところでは、どの告発も皆同じだ。君はクリスマスを台無しにしようと企んでいる。しかしだ、私が望んでも、まあ望むことはないのだが、サンタに厳罰を加えることはできないのだ。サンタには、世界中で稼働する偽サンタのネットワークがある。誰かが何らかの件で訴え出たとしても、サンタクロースの格好をした赤の他人の仕業であったことが判明するだけだ。GDPRだって?目の付け所は悪くない。今どきの子どもがサンタ宛てにどんな手紙を書くと思う?これだ、読んでみろ」。コミッショナーは、子どもが手書きしたとみられる紙をドラキュラに渡しました。

サンタさんへ。私と、4歳の弟のマーカスの名において、この両名を代表し、私は貴殿に個人情報の収集、処理、および保管を、クリスマスプレゼントの選定および配送の目的において承認します。私たちの法定代理人である両親により署名された、本許可の公正証書をここに同封します。私にはホバーボードを、弟には釣り竿またはレゴをプレゼントしてください。お願いします。

アマンダ(7歳)

ドラキュラ伯爵は表情を曇らせ、強い調子で問いました。

「どこでこの手紙を手に入れたんです?個人的なやりとりを傍受しているんですか?これは合法ですか?」

「自分を何様だと思っているんだ?」。コミッショナーの顔が怒りで赤らみました。「通信のプライバシーだと!GDPRだと!GDPRがどう機能するか、分かっていないのだな。君は血を吸うだろう?だが、血液にDNAが含まれることは知っていたかな?DNAは遺伝子的個人情報として、個人データの特別カテゴリーに指定されている。君はそれを集めているだけではない、データ管理者の役割も果たしているのだ。データを保管してもいるし、もしかすると処理もしているだろうな!」

「処理などしていない!味で人物を想像することだって、していない!」ドラキュラ伯爵は恐怖にかられ、思わず自分をかばおうとしました。腕にかけていたマントがひらりと揺れました。

「そしてこれは何だ?」コミッショナーは、マントに付いた血痕を指さして怒鳴りました。「データ流出か?監督機関とデータ主体には報告したんだろうな?」そのとき、棚の上に放置されていたラップトップが新着メールの通知を鳴らしました。「件名:フォレンジックレポート」。ドラキュラ伯爵の目に、メールの最初の行が飛び込んできました。「ヴァン・ヘルシング委員様」

「お前だったのか!」ドラキュラは軽蔑を込めてささやきました。「気付くべきだった!木の杭もニンニクも、前回は効かなかった。今日も効かないはずだ!」

「今回は、はるかに致命的なものを用意したよ」。ヴァン・ヘルシングは言いました。「GDPR違反のペナルティを確認しようか。1,000 万ユーロ、または前年度の全世界での年間売上高の2%、どちらか額の大きい方を支払ってもらうことになる。で、手続きだが…」

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※訳注:ロシアの伝承に出てくる霜の精。サンタクロースに似ており、青い服を身につけている。