サイバスロン(Cybathlon)をご存じですか?身体に障害を持つ人々が、最先端のテクノロジーを使い、かつては不可能だった日常動作の課題をクリアして競う国際大会です。単なる国際大会ではありません。ETH Zurich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)の運営担当者は、この大会を、障害を持つ人々が充実した生活を送れるように支援するためのテクノロジーの、開発プラットフォームであると考えています。
今年のサイバスロン(サイバスロン2020)は11月中旬に開催され、Kasperskyはロシアチームのパートナーとして参加しました(リンク先は英語)。
サイバスロンとは
サイバスロンでは、電動義手(ARM)、電動義足(LEG)、電動外骨格(EXO)、電動車いす(WHL)、機能的電気刺激(FES)自転車、脳コンピューターインターフェース(BCI)の6分野で競技が行われます。
出場者は、金メダル獲得を競い合うだけではありません。最先端の義手を装着した選手が電球をはめ込んだり箱の中のものを感じ取ったりする、最新の車いすに乗った選手が階段を登るなどの動作を通じ、最新デバイスの機能を披露する場でもあります。サイバスロンは、選手にとっての競技大会であると同時に、テクノロジーを生み出すチームにとっての展示会でもあり、開発元に製品改良を促すことにもつながります。
この記事では、サイバー義肢テクノロジーの過去、現在、そして未来について考察します。
青銅の義足から神経インターフェースを備えたサイバー義肢へ
義肢の使用は、はるか昔から行われています。判明している限りでは、最初の義肢の記述は古代インドの『リグヴェーダ』の中にあります。紀元前2千年紀にまでさかのぼるサンスクリット讃歌集であるリグヴェーダには、伝説の女戦士ヴィシュパラが戦闘で片脚を失った後、神々から鉄製の脚を与えられるという記述があります。また、発掘の出土品としても、同じくらい古い時代の義肢が見つかっています。例えば、エジプトでは3,000年前のものと見られる木製のつま先が見つかっており(英語記事)、イタリアの都市カプアで見つかった青銅製の脚は2,300年ほど前のものと見られています。
その後千年の間、義肢はほとんど変化しませんでした。16世紀になって、科学者たちが最初の機械式の義肢を生み出します(英語記事)。関節部分に蝶番がついていて、別の手足を使うか近くの筋肉を収縮させることで関節を制御することができるようになっていました。
第2次世界大戦後、また別の種類の義肢が登場しました。生体電気を利用した義肢(筋電義手という言い方をよく見かけます)です(英語記事)。生体電気式の義肢は、健常な手足の筋肉運動を電気信号に変換し、その電気信号によって装置を動かす仕組みです。
そして21世紀になった現在、科学者たちは神経生体工学式の義肢(英語)の開発という、次なる大きな一歩を進めようとしています。これは、特定の動きができるようにするだけでなく、物に触れることで物を認識できるようにするというもの。このテクノロジーはまだ日が浅く、触覚を完全に再現できるようになるのは遠い先のことですが、実現に向けた軌道には乗っています。
現代の義肢
新しいテクノロジーは、既存のテクノロジーに取って代わるのではなく、補完的に共存しています。すでにさまざまな義肢が活用されており、中には純粋に審美的な目的のものもあります。どのタイプのテクノロジーも、それぞれ独自の応用分野があります。
機械式義肢は生体工学式のものより安価で、操作を習得しやすく、耐久性に優れています(英語資料)。例えば、重いものを持ち上げる活動や水に濡れる活動、また電源がない場所での活動に適しています。これに対して、生体工学式および神経生体工学式の義肢の方が装着感がよく、幅広い動きに対応しています(例えば、バランスを維持する、階段を上ったり下りたりする、後ろ歩きをする、走るなどの動作がしやすくなります)。
人工義肢の細分化
現在では、特定の条件下または特定の仕事での使用を想定した、細分化された義肢も存在しています。例えば、水中での活動用、バスケットボール用、ジョギング用、その他スポーツ用に、義肢が市販されています(英語記事)。
3D印刷が可能になったことも、義肢の発展に寄与しています(英語記事)。これまでになく安価に義肢を作れるようになり、カスタマイズもしやすくなりました。場合によっては、インターネット上からダウンロードしたモデルを、各自の必要に応じてカスタマイズして印刷することも可能です。
義肢ガジェット
このほか最近トレンドとしては、サイバネティクス義肢とデジタルテクノロジーの組み合わせがあります。例えば、ロシアのメーカーMotoricaが今年、Galaxy Watchを組み込んだ義手を発表しました(ロシア語記事)。この義手を装着すると、義手の動きのモニタリングや、義手の設定(手や指の握りの強さなど)のコントロールが可能です。
全地形型車いす
車いすは千年以上前から人々を支援してきました。車いすについての最初の記述は、6世紀にまでさかのぼります(英語記事)。17世紀半ばまでは、車いすは文字通りいすに車輪がついたもので、使用人や介助者に動かしてもらわなければなりませんでした。
最初の手動式車いすは1655年に登場し、最初の折りたたみ式モデルは20世紀初頭に米国で開発されました。
現在は、従来型に加えて、電気モーター式、階段を上り下り可能なキャタピラー付き(英語)のほか、腕を動かせない人のための神経インターフェース搭載車いす(英語)もあります。
電気刺激と外骨格
科学者たちは体に麻痺のある人々が自分の足で立つことができようにするデバイスの開発にも取り組んでいます(ちなみに、古代エジプト人は電気刺激を治療手段として活用していました。当時はシビレエイの放つ電気を利用していました。詳しくはリンク先の英語記事を。放電性を持つ海洋生物が、後に電気刺激装置に取って代わられたというわけです)。機能的電気刺激(FES)自転車レースでは、競技者の筋肉に電流を当てて筋肉を収縮させることで、ペダルを漕ぐ動きを生じさせます。
また別の自立動作支援テクノロジーとして外骨格(エクソスケルトン)がありますが、最初のプロトタイプが登場したのは1890年のことです(英語)。装着した人自身の労力もまだ必要でしたが、圧縮ガスの力によって歩く、走る、ジャンプする動作が格段に容易になりました。1917年には蒸気式外骨格の特許が取得され、その後20世紀後半には電気式、気圧式、液圧式のモデルが現れました(英語記事)。
現代の外骨格は、過去のものに比べて軽量で、格段に使いやすく、幅広い範囲で自立動作を実現します。中には、クラウドに接続してリハビリ治療のデータを保存、処理できるものもあります。また最新式外骨格の中には、脳の電気信号で操作できるものもあります(英語記事)。
神経インターフェース
思考制御デバイスを支える未来的なテクノロジーは、ブレインコンピューターインターフェース(Brain-Computer Interface:BCI)と呼ばれます。そのようなシステムが初めて現れたのは1970年代で(英語記事)、今では大きく躍進しつつあります。
BCIセンサーは、大脳皮質に直接埋め込むこともできれば(英語記事)、頭蓋骨内に配置することや、外部に装着することもできます。大脳皮質に直接埋め込むと、当初は高い信号品質を得られますが、体が拒否反応を起こすと信号品質が下がる可能性があります。現在のところ最も一般的なのは、外科手術を必要としないタイプです。
脳の活動を読み取るテクノロジーとしては、脳波記録法が最も一般的ですが、その他にも「心を読む」手法は存在します。例えば、1980年代には目の動きを使用してロボットを制御する実験が行われました。2016年には、瞳孔の大きさを読み取ることができるBCIが発表されました。
神経インターフェースの応用範囲は非常に幅広く、例えばBCIの黎明期には、脳内埋込み型が後天的な失明の治療に用いられました。それから前述のように、最新の車いすや外骨格の中には神経インターフェース制御を使用しているものがあります。サイバスロン2020では、出場選手が思考の力でゲームのアバターを動かす一種のコンピューターゲーム、「脳コンピューターインターフェース競走」も行われました。
すぐそこにある未来
今日、支援テクノロジーは破竹の勢いで進歩しています。すぐそこまで来ている奇跡がどのようなものなのか、想像を巡らせるしかありませんが、最先端にいる人々はすでに何らかのアイデアを持っています。
例えば、神経インターフェースの専門企業Neuroboticsの社員は、現在行われている開発は、障害を持つ人々が日常作業をこなすのをBCI制御の車いすやスマートホームを通じて支援することを主に目指していると述べています。
そうは言っても、テクノロジーが商業的に成り立つようになるまでには時間がかかるものです。Neuroboticsも認めているように、「心を読む」機能は、今のところはキーボード、マウス、ジョイスティックからの指令受け取りに比べて格段に精度が落ちます。慣れ親しんだインターフェースに取って代わる実用的な選択肢として一般の人々がBCIを使うようになるのは、早くて100〜200年後ではないかと同社では見ています。
他方で、独自のBCI埋め込みプロジェクトであるNeuralinkに取り組んでいるイーロン・マスク(Elon Musk)氏は、より短期間での市場投入を構想しています(英語記事)。とはいえ、いつ実現するのか、またそのデバイスが成功するのかは未知数です。埋め込み手術が求められますが、ここで二の足を踏む人も少なくないでしょう。
大胆な構想を抱いているのはマスク氏だけではありません。SFの世界のような未来予想に関心のある方は、当社のプロジェクト「Earth 2050」(英語)をご覧になってみてください。このプロジェクトはユーザー参加型で、新しい感覚器官の形態、身体のパーツを取り換えられるショップ、などさまざまなアイデアが飛び交っています(リンク先はいずれも英語)。
未来をここに
未来がどのようなものであれ、重要なのは、私たち皆が「今、ここで、未来を作っている」のだという意識です。Kasperskyは、支援テクノロジーの開発や、世界をよりよい場所にすることを目指すその他ベンチャー活動に携わる人々を支援します(リンク先は英語)。彼らもまた、サイバスロンの運営に携わる人々と同様に、皆にとってより明るい未来を実現しようと尽力しています。