『デューン』の世界の情報セキュリティ

惑星アラキスでは、情報セキュリティがどのように実践されているのでしょうか。

フランク・ハーバート(Frank Herbert)のSF小説『デューン』シリーズは、さまざまな映画に影響を与えたと言われており、過去に何度か映像化されています。今秋には、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)監督の映画『DUNE/デューン 砂の惑星』が公開予定となっています。

一見すると、『デューン』の世界にはITというものが欠落しているように見えます。宇宙船は作られますが、航路は人間が頭を使って計算します。よその惑星に軍隊を送る一方、メッセージの伝達には使者を使います。別の世界を植民地化しながらも、人々は封建社会で生活しています。

こんな具合で情報セキュリティの話などできそうにないように見えますが、実は、語るべきことは大いにあります。『デューン』の世界では、情報セキュリティが極めて重要な役割を果たしているのです。

※この先はネタバレを含みます。

小説の第1作でテクノロジーの状態が劣悪な理由

デューンの世界に見られるテクノロジー関連の異常な点を追っていくと、ほぼすべてが「テクノロジーの全面禁止」に行きつきます。歴史のある時点で、人類は世界規模のサイバー脅威に直面し、情報テクノロジーを捨て人工知能やコンピューターを禁じるという極端な行動に出たのでした。

『デューン』シリーズの第1作では、禁止に至った理由が簡単に触れられています。第2作以降では矛盾も見られますが、要は、人類が機械に対して反乱を起こし、これを破壊したのでした。禁止に伴い、「思考機械」を所有することは死刑に相当する罪となりました。主たる経典(オレンジ・カトリック・バイブル)にも、「汝、人心を持つがごとき機械を造るなかれ」と明確に記されています。

日常の情報技術が使えなくなった人類は、驚くべき方法で精神を発展させました。ありとあらゆる教え、学校、宗派、教団が出現し、人類は複雑な暗算を行う能力や褶曲空間で宇宙船を導く能力、世界を分析する能力、さらには他者の心を操る能力まで開花させました。

その上、人類のリーダーたちは、さまざまな星系に散らばった文明を管理するために、君主制、封建制度、そしてカースト制度を再び取り入れました。コンピューターは消滅しましたが、情報(および情報セキュリティ)は、人々の生活において中心的な役割を維持していました。

セキュリティ担当者としてのメンタート

メンタートとは、コンピューターとして機能するように訓練を受けた人間のことで、膨大な量の情報を頭の中で処理することが可能です。例えば、アトレイデス家のメンタートであるスフィル・ハワトの場合、軍事戦略を立てることに加えて以下も担当しています。

  • 城のセキュリティシステムに潜むバックドアや脆弱性の検出
  • 雇い人の身元調査
  • リスク評価

言い換えると、ハワトは最高情報セキュリティ責任者(CISO)の役割を果たしています。同時に、本質としては有機コンピューターであるハワトは、生きるセキュリティエンジンとしても機能し、脅威を示すあらゆる兆候を分析し、決定を下します(猜疑心が強いあまり、偽陽性の判定を出すことも)。興味深いことに、ポール・アトレイデスが引用したメンタートの第1法則から判断すると、ハワトは行動解析アルゴリズムに取り組んでいます。「プロセスは、それを止めることで理解することはできない。理解は、プロセスの流れとともに移動せねばならず、それに加わり、それとともに流れなければならない」

情報交換の手段

コンピューターが存在しないため、主な情報交換手段は、無線通信や使者の派遣です。いずれの手段も、特に安全性に優れているわけではありません。小説の中では、通信経路の保護に使う手法がいくつか紹介されています。また、敵かもしれない人物が出席している対面形式の集まりのときに安全に情報交換する方法についても、多数の記述があります。

無線通信

現実世界の現在、無線の交信は、暗号化によって比較的安全に行うことができます(誰かが盗み聞きしようとしても、一言も理解できないでしょう)。しかし「思考機械」が存在しないデューンの世界では、情報の暗号化を人力で行わなければなりません。アトレイデス家には、アトレイデス家の兵士たちの間で使われる口頭伝達システム「戦闘言語」が存在します。

戦闘言語は、全面的に信頼しきれるものではありません。秘密の言葉は、結局のところ、広く使われるほど敵に解読される可能性が高くなります。ハルコンネン家の処刑人の間で時代遅れの暗号解読法が広く使用されていることを考えれば、なおさらです。

物理媒体

使者の派遣という方法は、太古の昔から弱点が知られています。使者が門前払いされたり、捕らえられたり、単純に到着できなかったりする可能性があるのです。ところが、弱点でさえも強みになることがあります。例えばハルコンネン家は、定期的に自分たちの使者が捕まるように仕向け、誤った情報を敵に与えています。

小説では、伝達事項を運ぶ道具の素材をカプセルによって腐食させるという自己破壊システムについて、少なくとも1度言及されています。ベネ・ゲセリット修道会も、知識のない人には情報であるとは見えない、点を用いた秘密の言語を持っています。

対面の場での情報セキュリティ

作中では、対面での接触の際に情報が漏れないようにする方法が2つ登場します。1つ目は、アトレイデス家が使用する秘密のサインです。かなりの量の情報であっても、敵の鼻先で交換することができます。2つ目は、ハルコンネン男爵の宮殿に設置されている「無信号円すい域」です。話し声がゆがめられるので、領域外にいる人間に聞かれる心配なく話すことができます。なお、この技術の仕組みについては明かされていません。

人的要因

デューンの世界では、「情報技術」がメンタートやナビゲーター、ベネ・ゲセリットの修道女といった特殊な人々の頭の中に移行しているので、人的要因の重要性が、現代の現実世界よりもさらに高まっています。人的エラーや悪意ある内部関係者の目的を検知する可能性のあるアルゴリズムは、捨て去られてしまいました。この点、原作者ハーバートの予測はひたすら悲観的です。個人や派閥は陰謀を企て、仲間をだまし、裏切り、諜報部隊に潜入し、拷問によって情報を引き出します。また、ベネ・ゲセリットの修道女には、声で他人を操り、本人の意志に反して強制的に行動させる「ヴォイス」という能力があります。

スク医学校版のヒポクラテスの誓いである「帝国式条件反射」は、(少なくとも理論上は)スクの医師らが患者に危害を加えることを禁じており、ある程度の希望を与える存在でした。ところが、この条件付けを解く方法をハルコンネン家が発見します。それは、愛する者を人質にとって精神的なプレッシャーを与えるという方法でした。

さて、こうしたものをドゥニ・ヴィルヌーヴ監督がどうスクリーンで表現するのか、非常に楽しみです。ヴィルヌーヴ監督が作り出すフランク・ハーバートの世界は、情報セキュリティに関してさほど悪くないものである可能性は十分にあります。原作を忠実に再現しているとは言えない1984年製作のデイヴィッド・リンチ(David Lynch)監督作品と同じ道を辿っている可能性も捨てきれませんが。

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