何を公開し、何を隠すかについての考え方が、時間の経過とともに変化していることは、皆さんご存知でしょう。そのため、人々はかつてプライベートなことを伝えるとき、ごくわずかな人、または伝えたい相手にだけ理解してもらうように特別な方法を用いていました。
バロックの時代を例に考えてみましょう。その時代、隠された意味やほのめかし、たとえ話が会話に多用されていました。その後、芸術作品の中にも、意図した相手にしかわからないメッセージや合図が盛り込まれるようになります。そして、当の本人が死んでしまうと、誰もそのメッセージを解読して意味を明らかにすることができなくなりました。
デジタルメッセージは、壊れにくく、瞬時に公開・複製可能な性質を持っています。しかし、一定の文脈の中で一部の限られた人にしかわからないように、メッセージを変えることは可能です。あらゆるものが公となる時代にあって、プライバシーを保護する有効な方法かもしれません。
世の中の人は、あなたが風呂場で撮った自撮り写真や、ごくプライベートなメッセージを、あちこちのSNSで見ることができます。また、あなたの生活はすべて包み隠さず公開されていると思っています。しかし、あなたがネット上で何かをした、あるいはネット上に何かを投稿したときまさに何を感じていたかは、誰もわかりません。あなたが他の人とコミュニケーションするとき、あなたという個を個たらしめるもの、それが感情です。
私は、オンラインでの会話の中でシンボルの解読が進んでいるのを目の当たりにしています。オンラインコミュニケーションを完全に放棄することはもはやできないので(ただし、新たな「オンライン反対運動」が起きる可能性は十分に高いと考えますが)、比較的隔離されたコミュニケーションシステムを使えば、必要なレベルのプライバシーを確保することはできるでしょう。
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— カスペルスキー 公式 (@kaspersky_japan) April 10, 2015
一度この現象が生まれ、そして広まれば、言語やメディア、広告、社会的・政治的な会話など、さまざまなものを変えることができるようになります。社会構造さえも。
もはやプライベートではないもの
現代社会では、「個人的な関係(恋愛を含む)」、「懐具合」、「いわゆる『良心の自由』と呼ばれるものすべて」の3つは、プライベートな領域とみなされています。政治的関心や信仰する宗教も同様です。しかし、プライバシーのこうした側面は活発に変化し続けていて、時には、変化が誰にも気付かれないままになっています。
重要なのは、もともとの定義にあるプライバシーが失われつつあることです。InstagramやFacebookに掲載されているプロフィールを見れば、その人がどのように生活し、誰に投票し、どこに行って、何をしたかが誰にでもわかってしまいます。
それでも、プライベートの公開度合を自分で管理する手段を個人が持っていて然るべきです。定義によれば、社会とは、公私が分けられていて、何が自分のもので何が他人のものかをはっきり区別できる場所です。とは言うものの、「プライバシーの終焉」が急速に大きな流れとなる中でも「新しいプライバシー」が生まれ、これを守るための新しいテクノロジーが求められています。このようなテクノロジーは近いうちに、間違いなく市場に登場することでしょう。
皆さんがネット上で何かすると、その行動の痕跡が残ります。こうした痕跡を集めれば、その人の姿が浮かび上がるのです… 痕跡を追跡されないために、カスペルスキー製品をご活用ください。 https://t.co/r3hWiVFIdj pic.twitter.com/Ad7uS1bZUH
— カスペルスキー 公式 (@kaspersky_japan) March 22, 2016
これが、情報セキュリティ業界の向かう方向です。言い換えれば、新しい社会が生きることになる場で、バーチャルなドアや新しいデジタルの家屋にデジタルの錠やフェンスを作るのです。このような新しい「電化製品」は現在の、そして新しい社会制度の変化に影響を与えることでしょう。
興味深いのは、このようなあらゆる変化が、津波のごとく、静かな社会革命のごとく、ひたひたと近づいていることです。私たちはまだ、それを感じ取ることができていません。なぜならば、私たちが認識できる以上に急速な変化が起きているからです。
個性と人間関係に対する新しいプライバシー:原稿は燃えない
偉大な作曲家、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)は、もう1人の偉大な作曲家の妻、クララ・シューマン(Clara Schumann)と恋に落ちました。ブラームスは彼女に恋文をつづりましたが、彼女は距離を置いたままでした。クララの夫のシューマンが生きている間、2人は文通を続けていましたが、シューマンが亡くなったとき、彼女は永久に貞節な妻でいようと決意し、ブラームスとの関係を断ち切りました。ブラームスはクララからの手紙をすべて破棄しましたが、クララはブラームスの手紙をすべて保管していました。そのため、私たちはブラームスがクララに抱いていた感情を知ることができますが、彼女の彼に対する気持ちを知ることはできません。
このエピソードから、19世紀には、自分の感情を知られないようにする技術的な方法があったことがわかります。しかし現在、人々は半ば公開されているも同然の方法や、侵入可能な経路を使って、連絡を取り合っています。セキュリティ性の高いメッセンジャーであるTelegramを使えば、対話は暗号化され、プライベートで安全と思いがちですが、漏洩の可能性は極めて高いのです。
また、クララの手紙を復元する手段はありませんが、メールの場合、そうとは言えません。ミハイル・ブルガーコフ(Mikhaíl Bulgakov)の有名な言葉「原稿は燃えない」はデジタル時代の遥か昔に言われたものですが、深い形而上学的意味を持っていました。しかし、実際、原稿は燃えました。実によく燃えて、貴重な文章の数々が永遠にこの世から消えてなくなりました。現代の「原稿」は燃えません。Googleがすべて覚えています。
驚くほどのことではありませんが、私たちの日々のコミュニケーションはほとんどが「脱プライベート化」し、「公に」されています。一般的に、若い人ほど会話を公共の場に持ち込む傾向があります。
たとえば、2人の人間がSwarmアプリで同じ場所に同時にチェックインしたとしましょう。それはつまり…はい、そのとおりです。ひと昔前、このような状況は陳腐なホームコメディの絶好の出だしでした。一緒にいるはずのない2人が、同じ部屋から一緒に出るところを目撃される…現在のネット世界では、よくあることです。
中には、見つかるようなへまはしないと思っている人もいます。しかし、友達からは隠しおおせたとしても、ビッグデータというものがあります。個人的に、消費者レベルでビッグデータを使った行動分析が登場するのは間近だと思っています。
たとえば、あなたがパートナーの浮気を疑っているとしましょう。もちろん、探偵を雇うこともできます。探偵は何週間もの時間と多額の費用をかけて、真実を突き止めてくれるでしょう。しかし、探偵を雇う代わりに、4ドル99セントのアプリをダウンロードすることもできます。このアプリは、パートナーのSNS、チェックイン履歴、ツイート、連絡先、ネット上で公になっている行動などを調べ上げてプロファイルを作成し、よく知られた浮気者のプロファイルと比較してくれます。分析の結果、パートナーのオンライン行動に何らかの特徴が認められれば、意味するところは1つ。パートナーの目があなた以外に向いているということです。
もう1つ別の例を。ある人は、ネット上で何をしようが、どんな痕跡を残そうが、まったく気にしていません。そして将来、犯罪者のオンライン行動を分析するプログラムが登場したとしましょう(確実にそうなります)。もし、この人のプロファイルが偶然にもそのプロファイルと一致してしまったら!とんでもないことになるのは間違いありません。
スノーデン事件以来、欧米を中心にプライバシー意識が高まっています。「ビッグブラザー」の監視の目を逃れたい!と考えた人々が生み出した、独創性に富んだガジェットの数々をご紹介。https://t.co/H08XLF0yJF pic.twitter.com/zXpjQvG2CV
— カスペルスキー 公式 (@kaspersky_japan) October 26, 2015
この流れは、さまざまな興味深い現象に発展するでしょう。その1つは、ネット上での存在のでっちあげです。ネット上での活動を分析することでネット上での行動パターンを突き止められるのであれば、必然的にその対抗策もあるはずです。意図するプロファイルと一致する行動を、ネット上で仕立て上げるのです(たとえば、ネット上では完全に「誠実な夫」として人生を送るとか)。警察が捜査活動に大規模なオンライン分析を使い始めたら、「デジタルアリバイ」サービスが新たに登場するでしょう。例を挙げていけばきりがありません。
ビッグデータの活用方法はさまざまですが、犯罪捜査や犯罪抑制に使われている海外の例を、今回は取り上げたいと思います。 http://t.co/GDbcWJtGmf pic.twitter.com/nrG4kzCWnn
— カスペルスキー 公式 (@kaspersky_japan) April 24, 2015
それだけでなく、多くの人が自分のプライバシーをぞんざいに扱っています。かつては非常に私的だったことを、公衆の面前にさらしているのです。私生活をインターネットに公開し、人目にさらすことがブームです。「セルフィー集」や「バスルームの様子」をアップする人々がいますし、有名人も自宅にいる自分の姿を投稿し、「パーフェクトではない」ボディや「すっぴんのセルフィー」を「そのまま」Instagramで自慢しています。
現在、Periscopeでは、1日に40年分相当のライブストリーミングが視聴されています(英語記事)。プライベートな情報を一瞬で公開しかねないゲームも、急速に普及しています。いずれ人々は、あからさまに自分のプライバシーを放棄しようとするようになるでしょう。どのみち、プライバシーを保つことはできませんから。
ガラスの家で暮らす:誰もが私の収入を知っている
財務情報についてはどうでしょうか?残念ながら、これも状況は同じです。皮肉なことですが、100年前と比べて、財産の状況を隠しておく手段は減っています(特に相手が政府の場合は)。たとえば北欧諸国では、交通違反の罰金額は収入に応じて計算されます。スピード違反で捕まった場合、警官はあなたの車を路肩に停めさせ、ナンバープレートの写真を撮り、あなたの罰金額がメールで届くのを待ちます。もちろん、稼ぎがよいほど支払額は多くなります。
さまざまな企業が、ビジネス目的で、人々の情報を記録し追跡しています。この膨大な情報(ビッグデータ)は有用でもあり、使われようによっては怖ろしいものでもあり。https://t.co/uK8YrQkG8e pic.twitter.com/LDBIthbrJF
— カスペルスキー 公式 (@kaspersky_japan) September 7, 2015
政府は、税金や罰金をより効率的に集めるため、すべての国民の収入(と、理想的には支出も)を統一されたデータベースにまとめようとしています。また、個人の財産に関する情報は、国家間での共有が以前にも増して活発化しており、地政学的に完全なライバル関係にある国同士でさえも、意見を共にするようになっています。
企業収入の透明化も進んでいます。たとえば英国では、すべての企業が財務報告書を企業登記局に提出しますが、この報告書は誰でもほんの1ポンドで閲覧できます。わずかな閲覧料を支払えば、企業の財務状態を、経営陣の給与を含めすべて知ることができるのです。
こうした情報の脱プライベートの動きに押され、私たちの世界は、典型的な中世のムラとなりつつあります。家は小さく、家族はみな同じ部屋で寝起きし、ドアには鍵がかかっていません。家と家は接近していて、会話はすべて筒抜けで、一挙手一投足が観察され、あらゆるものが丸見えです。誰がどのくらい稼いでいるかも、明白です。新しいヤカンを1つ買っただけで、瞬く間に皆の知るところとなるくらいですから。
#地域社会 は #透明性 の本当の意味を教えてくれる
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さらに、あなたが裕福な農民であるにもかかわらず地域社会の福祉に貢献しなかったなら、不快なことが次々と襲い掛かりかねません。乳牛に毒を盛られたり、納屋に火をつけられたり、挙句の果てに、あなたは村の会議に呼ばれて尋問されるでしょう。「よろしいですか。あなたは明らかに分不相応な生活をしています。新しい馬を買う金をどこから手に入れたのか、答えなさい」
地域社会は、真の意味での透明性を教えてくれます。前世紀の資産管財人たちがその崩壊を嘆き悲しんだ、あの地域社会が帰ってきました。暮らしやすく、家族のような結びつきを生み出し、支援を提供する社会です。しかし反面、プライバシーがありません。
では、その次に来るのは?コミュニティとコミュニティの境に高い壁を築くようになる可能性が高いでしょう。壁の内側では、すべてが丸見えです。ハンスが、カールが、あるいはクララがどのくらい稼いでいるか、村中が知っています。しかし、壁の外側にいるギュンターは、この村について何一つ知りません。要するに、次に登場する社会傾向は、内部的には隠しごとひとつできないが、外界からは厳重に守られているコミュニティとなるでしょう。
その次に来るのは、私が見る限りでは、コミュニティからコミュニティへと移動する、プライバシー保護を強く望む人々の増加です。このような「デジタル放浪者」は、インターネット上を転々とすることに自分の目的を見出す人たちでしょう。実際の金銭による収入から仮想通貨による収入へ、ある暗号化メッセンジャーから別のメッセンジャーへ。まるで新たな未開地に押し進み、まだ誰のものでもない土地を探検するかのように。私はこれを、新しいソーシャル(もしかしたら宗教)グループ、いわゆる「サイバーアナーキスト」の出現と見ています。
デジタル村議会:政治システムには何が起こるか
ユージン・カスペルスキー(Eugene Kaspersky)は、政策モデルとして民主主義を維持する唯一の方法は、デジタル投票テクノロジーの大規模展開であると考えています(英語記事)。新しい世代の国民は、投票所に行きそうもありません。投票に対する意識を高めるには、次世代の安全な認証テクノロジーが必要です。そうでなければ、民主主義は倒れ、新しい全体主義に取って代わられるでしょう。国政から多くの人が締め出され、その結果、権力奪取はもっと容易なものとなるでしょう。
私たちの社会は変革期に入っています。旧式の投票方法を維持するためのあらゆる試みは、人々の政治的能力を制限し、不正の余地を生みます。そのことを、私たちは認めるべきです。仮想化の方向へと向かう世界の中で政治制度はどのように機能するのか、考える時期が来ています。
こうして、私たちは成熟したネット上の生活を実現してくれるデジタルIDに近づきつつあります。
インターネットの #プライバシー :新バロック時代
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では、理想的なデジタルIDやパスワードの機能について、想像力を働かせてみましょう。それはあなたの人格や身体に紐付いていなければなりません。網膜や指紋などの生体要素で個人を識別するだけではなく、その人に意識があり、素面で、自分の意思で自主的に行動しているかどうかを明確にできるものでなければなりません。
しかし、これは、その人の政治的見解から匿名性が失われることを意味します。この素晴らしき新世界の投票プロセスは、スイスで最も小さな州、アッペンツェル・インナーローデンの伝統的な投票方法と極めてよく似たものになるでしょう。
人口わずか15,000人のこの小さな町では、社会的問題はすべて、ランツゲマインデ(州民集会)で議論されます。この集会は、実に中世的に見えます。身分証明書と何かしらの武器(ピストルでもマシンガンでも斧でもOK)を持った市民が広い牧草地に集まり、自分の立場を明確に公言することにより、政治的権利を行使します。ここにはプライバシーのかけらもありません。他人が何を考え、誰に投票したかを誰もが知っています。
素晴らしき新世界:その次に来るもの
私たちはコミュニケーションと情報テクノロジーの真に画期的な変化を目の当たりにしようとしています。それは、公私に関する見方、政治制度に関する概念、個人の価値や嗜好までも変えるものかもしれません。新しいデジタル世界では、テクノロジーと精神面の両方で、できる限り適切に準備すること、そして人間らしくあり続けることが重要です。