2020年は、デジタルサービスとデジタルインフラの重要性および価値が、これまでになく向上した年でした。テレワークが増加し、消費習慣が世界的変化を見せ、インターネット上のエンターテイナーが多大な利益を得る…。インターネット接続するインフラが社会の日常にとって圧倒的に重要なものとなり行く様子を、私たちは目の当たりにしています。
こうしたものはすべて、プライバシーに対してどんな意味を持つのでしょうか。プライバシーは、しばしば利便性と引き換えになります。2020年、セキュリティ(特に新型コロナウイルスという脅威に対する安全)と引き換えにするプライバシー、そしてデジタルサービスの利用と引き換えに差し出すプライバシーの程度が、根本から変わったという人は多かったと思います。では、各国政府や企業は2021年、この状況にどう対応するのでしょうか?以下、プライバシーの観点から2021年に予想される状況、それを具体化するであろう多様な(時には対立する)勢力について、私たちの見解の一部を示します。
1. スマート健康機器ベンダーが収集するデータは多様化が進み、データの用途も多様化する
心拍数モニターと歩数計は、今ではフィットネス用スマートバンドの廉価版にも標準搭載されています。一方で、血中酸素濃度計や心電計が搭載されたウエアラブルデバイスも増えており、身体に異常が出る前に心拍数異常の可能性を検知することも可能です。今後さらに多くのセンサーが搭載されると考えられますが、特に有力なのは体温計です。体温の状況が公衆衛生上の懸念となっている今、保健当局が体温データを活用したいと考えるようになるのは時間の問題でしょう。心拍数、活動量計データ、一般消費者のDNA配列は、法廷で証拠として使用されたことがあります(リンク先はいずれも英語)。身体測定器、血糖値モニター、血圧モニター、さらには歯ブラシと、スマート機能搭載の健康機器が増えるほど、私もあなたも、マーケティング担当者や保険会社にとって極めて価値のあるデータを大量に抱えることになります。
2. 一般消費者のプライバシーが一つの価値提案となり、ほとんどの場合で有償になる
制限のないデータ収集の危険性に対する社会認識が高まりつつあり、自由市場はそのことに気付きつつあります。AppleはFacebookに対し、利用者のプライバシーを保護すべきであると公然と主張しています。一方のFacebookは、自社のメッセンジャーアプリにエンドツーエンドの暗号化を実装しようとして、規制当局と対立しています。人々は、少なくともプライバシーを約束するサービスを進んで選択するようになってきて、そういったサービスに対価を支払うことに前向きな姿勢すら見せています。セキュリティベンダーはプライバシー意識の向上を掲げ、プライバシー指向の製品によってそれを裏付けています(リンク先は英語)。DuckDuckGoのようなプライバシー重視の既存サービスは、利用者データの管理を利用者自身に任せながら持続可能なビジネスモデルを構築できることを示しています。さらに、You.comといったスタートアップ企業は、GoogleのようなトラッキングをしなくてもGoogle並みのユーザー体験を実現可能であると主張しています。
3. 各国政府はビッグテックによるデータ囲い込みをねたみ、いっそう規制に積極的になる
人々に関してビッグテック企業が保有する情報は、各国政府にとって金脈です。民主的な政府であろうと、抑圧的な政府であろうと、そこに変わりはありません。用途はさまざまで、例えば、より効率的な交通網を敷くために地理データを活用する、児童虐待に対抗するためクラウド上の写真をしらみつぶしに調査する、反対意見を封じるためにプライベートな会話をのぞき見するなど、枚挙にいとまがないほどです。しかし、民間企業はデータ共有にそれほど積極的ではありません。私たちはこれまでに、企業が計画するメッセンジャーやクラウドバックアップへのエンドツーエンド暗号化導入に異議を唱えたり、ソフトウェア内にバックドアを埋め込むことを開発者に強制する法律を通過させたり、DNS over HTTPSに対する懸念を表明したりする政府の姿を、世界のあちこちで目にしてきました。このほか暗号資産(仮想通貨)を規制する法律が各地で制定されるなど、規制強化の例は多々あります。それでも、ビッグテックは「ビッグ」と呼ばれるだけの理由があり、この対立状況が今後どう発展していくのか要注目です。
4. データ企業は、行動分析用として、これまで以上に創造的な(場合によっては強引な)データ元を探すようになる
行動分析データの出所の中には、もはや「標準」と呼べるほど一般化したものがあります。例えば、新商品を勧める広告の表示には最近の購入活動に関する情報が、信用破綻リスクの計算には収支データが使われます。しかし、会議への参加状況をWebカメラのデータを使って追跡し、ボーナスを決定するとなればどうでしょうか。SNS上で展開されているオンラインテストの結果によって、どんな広告を見せたらコーヒーメーカーを買ってもらえるかの判断が下されるとしたら?ミュージックプレイリストの傾向から、自分に対して売り込まれる商品が選ばれるとしたら?スマートフォンへのチャージ頻度から、社会信用格付けが決まるとしたら?こうしたものを、私たちは現実に目にしてきました。そしてマーケターたちは、一部のデータエキスパートが言うところの「まやかしのAI」をもって、これまで以上に創造力を発揮すると私たちは見込んでいます(リンク先は英語)。ここから推測されるのは、自分が何か行動する前にいちいち考えなければならなくなるという「萎縮効果」です。想像してみてください。『サイバーパンク2077』をプレイするとき、主人公の性別、ロマンスのスタイル、プレイスタイル(隠密行動するか表だって暴力に出るか)をどう選ぶかが、自分の実生活における未知の要因に何らかの影響を及ぼすことが分かっているとしたら?ゲームのプレイの仕方も変わってくるのではないでしょうか。
5. エッジコンピューティングのほか、マルチパーティ計算、差分プライバシー、連合学習の普及が進む
悪いニュースばかりではありません。実際に必要なデータを企業がより強く意識するようになり、制限のないデータ収集に消費者が抵抗を示すようになったことから、さらに高度なプライバシーツールが登場し、広く導入されようとしています。ハードウェアの観点では、もっと高性能なスマートフォンや、より専門性の高いデータ処理ハードウェア(Google Coral、Nvidia Jetson、Intel NCSなど)が、手頃な価格で販売されるようになるでしょう。そうなれば、開発者は高度なデータ処理が可能なツールを作成できるようになります。例えば、ニューラルネットワークをクラウドではなくデバイスで実行すれば、あなたという一般個人からデータ企業へ送信されるデータの量は大幅に絞られます。ソフトウェアの観点では、Apple、Google、Microsoftなど、より多くの企業が、データ利用は継続しながらも利用者に(数学的な意味で)厳密なプライバシー保証を与える、差分プライバシー(Differential Privacy)の手法を導入しつつあります。連合学習(Federated Learning)は、共有したり企業で保管したりするにはプライベート性が高すぎると見なされるデータを取り扱う際の、有力な手段になりつつあります。OpenMined(英語)などの教育的な非営利の取り組みが増えていることを考えると、こういった手法の数々が画期的なコラボレーションにつながり、医療のようなプライバシーが特に重視される分野で新たな成果を生むかもしれません。
過去10年にわたり、政府、企業そして個人の関心が交差する中で、プライバシーは激しい議論を呼ぶ問題となりました。その傾向は、特にここ数年で顕著です。プライバシーはまた、実に多様で時に相反するトレンドを生み出してもきました。2021年には、社会全体として、政府そして企業によるデータの利用が、プライバシー保証の上で行われ、個人の権利を尊重したものになるような、バランスのとれた状態にいっそう近づく年になることを願っています。