Microsoft HoloLens:未来に手を触れた日

2015年6月5日

PCでグラフィックスが処理されるようになって以来、仮想現実の実験は常に行われてきました。このテクノロジーによって、少しずつリアルな仮想世界が生み出されています。しかし、ここにきて予想もしない調査結果が明らかになりました。本格的な仮想現実プラットフォームを収益に結び付けるのはこの上なく難しいのです。

新しい世界の創造はお金のかかる冒険だというのに、需要はかなり限られていて、ゲーム、それから教育の分野で多少見られる程度です。もちろん、これらの分野の市場は巨大ですが、こういったガジェットを買う金銭的余裕のある大人は、ゲームにのめり込むことは稀ですし、勉強にもそれほど熱心ではありません。

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業界が拡張現実(AR)に注目し始めたのはこのためです。ARの概念は実際の光景を補完するグラフィックイメージを中心に展開します。ARの場合、対象となるユーザーの範囲がぐんと広がるため、ARベンダーはいずれ、このテクノロジーから多額の利益を得られるようになるでしょう。法人市場向けの用途をいくつかひねりだすこともできます。企業は喜んで財布のひもを緩めるでしょうから、これは重要です。

しかし、素晴らしいビジネスアイデアの行く手には、乗り越えられない障害が1つあります。それはウェアラブルのサイズです。仮想現実の場合、ユーザーはあまり動かず、同じ場所にとどまっていますが、拡張現実では仮想物体が現実の生活に融合されることを前提としています。

つまり、ウェアラブルなスマートヘッドディスプレイを装着すると、いつも通りの日常生活を送っている世界に、面白くて有益な情報がオーバーレイされるのです。

ここで難題が持ち上がります。現在の技術では、このような高性能ハードウェアを動かすバッテリーは作れません。かといって、機能の劣る部品を使ってヘッドギアを作れば、拡張現実からリアルさが失われてしまいます。

このような事情で、多くの企業は片方の目で将来を見ながら、ARの研究に打ち込んでいます。いつか、申し分ないバッテリーが開発され、ハードウェアの立体空間あたりのパフォーマンスがさらに向上すれば、ARを収益化できる時代が始まるのでしょう。

おそらく、皆さんは議論の的となったGoogle Glass体験について、すでにご存じかと思います。ここからは、Microsoft HoloLens拡張現実(AR)システムというスマートグラスのコンセプトに対する「さまざまな反響」についてお話ししましょう。

このシステムが初めて登場したのは2015年1月21日、Windows 10の発表のときでした。このときのデモは、ステージの上からスマートグラスを見せ、スクリーンでプロモーションビデオを上映するだけにとどまりました。非常に活気に満ちた、わくわくするビデオだったことは認めます。

Microsoftの年次開発者会議Microsoft Build 2015で、HoloLensは1日目のプレゼンテーションで大きな注目を集めました。このシステムを試用できたのは参加者から選ばれた数百人。私もその幸運な参加者の1人でした。

ステージ上のHoloLensはとても魅力的でした。厳密にいえば、HoloLensをかけている人にとってはとても魅力的でした。客席からは、ゴーグルをかけた集団が頭を左右に動かしている姿しか見えません。しかし、その集団の向こう側、ゴーグルから動画がストリーミング配信されているスクリーンを見ると、本物の魔法が起きていたのです。

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ゴーグルをかけた人は仮想の部屋に「歩いて」入ることができます。その部屋の仮想の壁にはスクリーンがあって、映画が上映されています。ベッド脇のテーブルには三次元の物体(本物とほとんど区別がつきません!)があります。そして、なんの変哲もない物理的な物体の上に、魅力的な仮想物体がリアルタイムで現れるのです。

ステージ上では、血管や筋肉、神経系を仮想的に「引っ張り出して」人体を観察する方法が実演されました。医学部の学生が解剖学を学ぶ様子を見たことがありますが、HoloLensを使った方法のほうが、私にとってははるかに気持ちの良いものに思われます。

Microsoftはゴーグルの「内部」について、あまり多くを語っていません。現時点でわかっているのは、エフェクトの計算には専用のHPU(Holographical Processing Unit)を使い、全体的なプログラムの管理はWindows 10で行っているということです。これ以降は、私の経験に基づいた推測です。

まず、HoloLensは心からHolyLens(聖なるレンズ)と呼ぶことができます。Kinectを開発してくれたMicrosoftのイスラエル支社が関わっていることは一目瞭然です(イスラエルの開発者が興した会社をMicrosoftが買収したことは知っていますが、買収によって大きく変わった点はなさそうです)。Kinectのアイデアの多くがHoloLensの機能の発端となっています。また、Microsoftで行われているAR開発についての最初の噂は、この聖なる地から伝わってきました。

次に、HoloLensはIntelのCore Mで動いているようです。というのも、HoloLensは実際のところ本格的なコンピューターだからです。HoloLensにはファンがついていないため、ボードに冷却装置を付けずに相当のパフォーマンスを発揮できるプロセッサはIntelのチップしかありません。もちろん、HoloLensが製品化されたときには(間もなくと言われています)、別のハードウェアが使われるのでしょうが、現時点ではこれ以外の選択肢はありません。

とにかく、これはかなりすごいシステムです。次に、実際に使ってみた感想を述べます。

普通なら「秘密の」デモは「秘密の」部屋で行われますが、Microsoftの人たちは、小さな会議室には耐えられないようで、HoloLensのデモはモスコーンセンターにほど近いホテルでいくつか会場を借り切って行われました。これは招待客のみを対象にしたデモで、1グループにつき1人、Microsoftの担当者が必ず付き添い、案内してくれました。

この魔法の道具に触らせてもらう前に、ゴーグルの装着方法を教わり(両手で同時に持って!)、瞳孔間の距離を測定されたあと、Skype経由で建物の立体模型を作成する2人の若者を描いた短いプレゼンテーションを見せられました。

そしてもう1つ。デモの直前、スマートウォッチを含むあらゆる電子機器を外し、置いて行くように言われました。なので、HoloLensの実地体験の証拠として手元に残っているは、ガラスのケースに入ったゴーグル試作品の写真と、ゴーグルがプリントされたTシャツだけです。

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準備が完了すると同時に、Microsoftの担当者は私たちをホテルの27階に連れていきました。フロアの全室に、それぞれHoloLensのデモゾーンが設けてありました。システムを起動する前には、各部屋の特性に合わせるために、長い時間をかけて、非常に厳密なキャリブレーションを行う必要があります。この準備がなければ何もうまくいきません。つまり、すべての部屋がデモに適しているわけではないのです。少なくとも、現時点では。

ゴーグルをつけるときがやってきました。指示されたとおりに両手を使って、慎重に。ゴーグルは重く感じられました。外側のプラスチックは温かく、内部でハードウェアが動作していることを示していました。ゴーグルは、小脳の場所を正確に指し示す専用のフラットヘッドで正しい位置に固定されます。わくわく感はまったくありませんでした。私は頭痛を覚えることはほとんどないのですが、この時ばかりはすぐに頭痛がしてきました。

10分間のデモは楽にこなせましたが、ゴーグルを30分もつけていたら拷問だったと思います。非常に重い造りで、数㎏はありました。ゴーグルはしっかり固定しなければなりません。ディスプレイの中心から目を離すと、魔法がとけてしまうからです。ほとんどの場合、ゴーグルはメガネをかけたまま着用できます。ただし、流行に敏感なヒップスターのようなフレームの厚い大きなメガネをかけているなら、話は別ですが。

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ARは現実世界に完璧に溶け込んでいるように感じられるかもしれませんが、実際には、まだそこまで到達していません。ゴーグルを装着すると、焦点距離約50ミリのカメラのレンズを通して周りの景色を見ているようです。

プレゼンテーションで見た限りでは、ARは現実世界に完璧に溶け込んでいるように感じられるかもしれませんが、実際には、まだそこまで到達していません

写真に詳しい方にはおわかりいただけたと思いますが、普通の人にもわかるように説明してみましょう。50ミリレンズは静止しているものや肖像写真の撮影には最適ですが、広々とした眺望の撮影には向いていません。視野角がかなり限定されているからです。ARは窓を通して景色を見ているようなもので、全体像を見るためには、頭をあちこち動かさなければなりません。

デモの一環として、何もない広場を取り囲む複合型ビルの段ボール模型を見てくださいと言われました。その広場にもう1棟ビルを建てる必要があり、将来、建設される予定のそのビルの模型を見ることができました。仮想のビルは、段ボールのビルほど悪くありませんでした。

また、ビルの寸法を変更するように言われました。ジェスチャーではなく(この魔法を使えるのは、ステージに立つ本物のARプロだけです)、おなじみのPC用マウスを使って。すると、私がシステムに命令したとおり、ビルは数階、高くなり、上層階を見るには、本当に見上げなければなりませんでした。

次に、作り直したビルの中を歩いてみませんかと誘われました。ここで私は鉄骨の支柱が窓の真ん中に立っているという設計不良を見つけました。そのとき、突然、技師のリチャードが部屋の中に現れて、事情を説明してくれました。

リチャードは白人男性のレプリカのようでしたが、質感がありませんでした(おそらく、質感を持たせるにはかなりのプロセッサ能力が必要なので、現時点では優先順位が低いのでしょう)。彼は窓を右側に移動して問題を解決しました。しかし、現実の世界では、このような設計を放っておいた建築家はその場でクビになるでしょう。

私はこれらの操作をすべて見ていました。窓も、鉄骨も、それから「外側で」起きていたことも。窓の外に見える風景の解像度はそれほど高くありませんでしたが、それでもすべて素晴らしいものでした。

目の前の壁の中にあった欠陥のあるパイプも非常にリアルでしたが、リチャードは一瞬で問題を解決しました。この男は、英国人のような名前がついていますが、ケメロボから来たロシア人かもしれません。あの町の人は何でも直してしまうのです。

デモはそこで終了しました。私が知る限り、どの記者も平等に扱われましたが、中には優遇された人もいて、私の米国人の同僚はもう少したくさん見せてもらいました。しかし、HoloLensの現状を理解するには、最初の印象で十分でした。

近い将来、製品化されるのでしょうか?そうは思いません。いくつか理由があります

近い将来、製品化されるのでしょうか?そうは思いません。理由の1つ目はハードウェアです。HoloLensを1日中使用できる使い勝手の良いウェアラブルガジェットにするには、大幅な小型軽量化と同時に、丸1日もつバッテリーが必要です。

現在、入手可能なハードウェア、特にバッテリーについては、どちらの要件も満たせないのは明らかです。それから、視野角のことも忘れないでください。もっと広くなければなりません。

2つ目の理由はソフトウェアです。HoloLensの基本ソフトウェアは問題ありません。しかし、消費者の目から見て、このような商品を納得して購入するには、さらにたくさんのコンテンツが必要です。豪華なインテリアの模型から仮想の異性の話し相手、人間のデジタルコピーからジェスチャーに対応した立体モデルまで、それはさまざまです。何もないところからこのようなアプリを開発した人は今のところいないので、膨大な資金や労力、時間が必要になるでしょう。

Microsoftがすべきことは、まずゴーグルを微調整し、軽量化して使い勝手を良くすることです。それから、量産体制を整え(現在、ゴーグルはすべて手作り)、シームレス、かつユーザーフレンドリーな方法でキャリブレーションを行えるようにします。さらに、ゴーグルのサンプルをあちこちの開発者にばらまき、これらの開発者がアプリの作成やおもしろい製品を開発できるように支援して、そこで初めて、この前途有望な市場の攻略について考えるべきだと思われます。おそらく、完成には数年が(丸10年とは言わないまでも)かかるでしょう。その途中で、今はまだ想像もできないような落とし穴がいくつも現れるはずです。

また、拡張現実はさまざまな危険をもたらすでしょう。たちの悪いハッカーの中には、子供用のゲームに侵入し、無邪気な子ネコの代わりに、長い牙をもった恐ろしいドブネズミが子供に襲い掛かるようにする輩がいるかもしれません。ゴーグルをいつも着用しているのに慣れ、ATMで暗証番号を入力していると、システムに潜んでいたトロイの木馬に暗証番号を盗まれ、その後、カード番号や暗証番号、CVVコードなど、銀行口座への侵入に必要なセキュリティ情報を記憶されてしまうかもしれません。

このように、ゴーグルを通じて情報を収集するチャンスはいたるところにあります。一方向だけを向いているシンプルなWebカメラではありませんから。ゴーグルのカメラは、あなたが着用中に見ているものすべてを見ているのです。

拡張現実と物理的な現実の間の「相互運用性」の問題は言うまでもありません。ヘッドディスプレイで上映されている面白い映画に夢中になっているときに、部屋の中にある障害物(椅子とか壁)にぶつかる場面を想像してみましょう。そして、同じようなことが、たとえば、地下鉄に乗っているときに起こる確率を考えてみてください。

このように、さまざまな危険が潜んでいる一方で、潜在的な利点もたくさんあります。あらゆる業界で考えられる使用シナリオをすべてリストアップしても、意味がないでしょう。限界はあなたの想像力が決めるものです。

拡張現実の可能性を探っている企業はMicrosoftだけではありません。金の匂いは辺りに漂っています。数十もの新興企業が(その数は年々増えていますが)、業界の巨人の後をついていきます。たくさんの人が製品バージョンを手に入れられるかどうかはまだはっきりしていませんが、朝一番にスマートフォンに手を伸ばすのと同じくらい気軽に、目覚めたらまず、ARゴーグルを装着する日が来ると確信しています。

もしかしたら、私の子供たちの代になるかもしれませんが、それでも満足です。