オンラインでのプライバシーがメンタルヘルスに影響する理由

2018年10月26日

先日、ヨハン・ハリ(Johann Hari)氏の著作『Lost Connections』(英語サイト)を読み終えました。憂鬱な気分や不安な気持ちを少しでも感じている人には、絶対にお勧めです。正常な人間関係を再構築し、本当に価値あるものとは何かを見つめなおし、意味のあることを行うように人々を促す、実に良い本でした。落ち込んだ気分から抜け出す助けになってくれます。誰にでも効く特効薬ではありませんが、少なくとも、自分を暗い気持ちにさせている漠然とした要因に光を当ててくれます。

読んでいて衝撃を受けたのは、ハリ氏が私たちが生きる壊れた社会について、またそれを修復する方法について指摘したいくつかの点が、私たちのプライバシーとも関連していることでした。実際、驚きではあるのですが、オンラインのプライバシーを保護することは精神状態に良い影響を与えるようなのです。今回の記事は、かなり個人的な見解になりますが、メンタルを良好な状態へ持っていくのに直接関係する、プライバシーの2つの側面について述べようと思います。記事の内容は私の個人的な考えであり、会社の公式見解ではありません。

SNS:人々との断絶

これは現代社会のパラドックスです。SNSによって、世界中の友だちや親類縁者といつでも話せるようになりました。それなのに、人類史上これほど人々が孤独を感じ、他者との断絶に苦しむ時代があったでしょうか。

この点を指摘しているのは、ハリ氏だけではありません。Kaseprsky Labの独自調査も含め、さまざまなところから同様の指摘が挙がっています。SNSは、親しい人々と交わす普段のコミュニケーションの代わりにはなりません。化学的見地から見た場合でも、SNSでのコミュニケーションと、血の通った相手と会って話すのとでは違いがあると言われています(英語記事)。実際に人と会って話すときにはオキシトシンというホルモンが分泌されますが、このホルモンは(セロトニンやドーパミンと共に)幸せを感じさせる効果があります。

Kaspersky Dailyでは、これまでSNSでのプライバシーやセキュリティについて何度も取り上げ、FacebookLinkedInTwitterInstagramなどの設定変更をお勧めしてきました。主に、見知らぬ人に不必要な情報を見られないようにするための設定変更です。オーバーシェアリング(過剰な情報共有)の傾向と、情報共有の行き過ぎがもたらす負の影響について取り上げたこともありました。しかし、SNSのプライバシー設定を詳しく調べるほど、またSNSからのデータ漏洩(Cambridge AnalyticaのスキャンダルAshley Madisonのデータ漏洩など)について読むほどに、私はSNSのアカウントを持つのをやめることを考えるようになりました。少なくとも、SNSに費やす時間を減らそうか、とか。

私は思い立ったらすぐ実行というタイプの人間ではないので、この思いつきをよくよく考えてみて、こんな結論に至りました。Facebook、Twitter、LinkedInなどのSNSアカウントは、削除しない。これらには何かしらの利点があります。Facebookは誰かの誕生日を思い出させてくれますし、Kaspersky Dailyの記事を書くための情報が必要になったときにはFacebookを通してジャーナリスト時代の同僚や知人たちとやり取りをしています。LinkedInは、キャリア上のメリットがあるようです(少なくとも世間の評判ではそうです。私自身はLinkedInで仕事を探したことはないのですが、妻のために採用情報を見つけたことはあります)。Twitterは多くの情報セキュリティリサーチャーが使っており、業界のニュースを仕入れるのに役立っています。

私の場合、最終的にどうしたかというと、SNSのプライバシー設定をできるだけ厳しくし、利用時間を極力短くし、SNSを友人や親族とのコミュニケーション手段だとは考えないことに落ち着きました。InstagramとSwarmについては、見ると憂鬱になったり他人が羨ましくなったりするのでアカウントを削除しました。こうしてフィードをスクロールする時間が劇的に減ってからは、憂鬱な気分になることは少なくなり、友人たちと実際に会う機会が増えて幸せを感じることが多くなりました。

これは私の個人的な解決方法であって、私には有効でしたが、すべての人に合うわけではないと思います。でも、せめて自分にこう問いかけてみてください。今持っているSNSのアカウントは全部本当に必要なものだろうか?そんなに多くの時間をSNSに費やす必要はあるのか?SNSでのコミュニケーションと投稿をできるだけ減らせば、オンラインでのプライバシーが向上します。気分も良くなります。思い切って行動する準備ができているのであれば、いっそのことアカウントを削除するともっと良いかもしれません。

広告:本当に価値あるものとの断絶

私たちは1日に平均で4,000以上の広告(英語記事)を目にしていると言われています。すべてを意識して見ているわけではなくても、広告はいたるところにあります。路上の看板、Webサイトのバナー、検索エンジンのテキスト広告、SNSのプロモーション広告、など、など。ブランドを誇示する服を着た人々も大勢います。現代社会は、私たち皆にものを買わせたがっています。そして、才能溢れるマーケターや販売員たちが寄ってたかって、この新商品を手に入れればもっと幸せになれるとか、気分が上がるとか、夢の実現を助けてくれるとか思い込ませようとしてきます。

そこにはある程度の真実が含まれているのかもしれません。たとえば新しい自転車を買ったら、それに乗ってどこかへ行くという楽しみが生まれて幸福感が湧いてくる、とか。でも、最新型で超高性能の高価な自転車を買った方が型落ちのシンプルな自転車を買うよりも幸福度を爆上げするか、と言えばそうでもありません。公園での乗り心地は大差ないでしょうし。かっこいい新しい自転車に乗っていれば路上で人目を引くかもしれませんが、本当にあなたのことを気にかけている人々にとってはどちらでもいいようなことです。

それでも広告は、新しくて高級な品をもっと買え、もっと買えと煽ってきます。どんなタイプの車を持っていても、必ず、もっと馬力があってさらに多機能な車が存在しています。そして、パーソナライズされた広告が現れて「ちょっと見てみませんか」「試してみませんか」と推してくると、本当に欲しくなってしまいます。ネット検索の結果やSNSで目にするこういった広告は、見た人が興味を持つようにカスタマイズされていて効果が高いのです。しかし、広告が勧めてくるのは、私たちが本当に欲しいと思っているものではなく、社会が私たちに欲しがらせたいと考えているものです。これを「付帯的価値」と言います。一方、私たちにとっての本当の価値とは、「付帯的」ではなく「本質的」な価値です。

私たちはふつう、何かを所有することではなく、何かをすること(楽器の弾き方を学ぶなど)や、何かを気にかけることに本質的価値を感じます。自分が気にかけている人々のために行動したり、社会に貢献したりすることもそうですし、何かになることに価値を見出す人もいます。

本質的価値(自分にとって本当に重要な内在的価値)の追求は、私たちを幸福にし、自分の人生を生きたいという気持ちを起こさせてくれる要素の一つです。しかし、本質的価値は宣伝するような類いのものではなく、付帯的価値の陰に隠れていることが多いものです。私たちは自分自身の心を掘り下げていって、自分でそれを見つけなければなりません。一方、付帯的価値はあらゆるところで宣伝されています。そして、インターネット上の広告は、私たちが興味を持つように特別にあつらえられています。

では、適切なオンライン広告を表示させるために使われている情報とは?私たちがSNSに投稿した内容、「いいね」を付けた情報、位置情報データ、検索した言葉です。Gmailで送ったメールに書いた内容や、Facebook Messengerで会話した内容です。いわゆる「ビッグデータ」と呼ばれる情報です。

ターゲティング広告を回避するには?広告主に情報を与えすぎないようにすること、そしてトラッキングさせないこと。これもまた、プライバシーの問題です。

Gmailを使うのをやめようという話ではありません。さすがに使わないと不便です。私もGmailを使っていますし、これからも使うつもりです。しかし、ここでまた考えてみたいのです。自分が使っている、広告目的で自分のデータを収集するようなサービスのうち、本当に必要なのはどれか。もっとプライバシーを保護できるサービスに置き換えられるものはないだろうか。

ここまで、SNSに対する私の接し方を説明してきました。あなたがどうするかは、あなた自身の話です。SNSを使う時間を減らせば、広告を目にする回数が減り、広告のカスタマイズ用に持って行かれる個人データも減ります。しかし、検索エンジンは情報を取得して広告を表示しますし、ほかにもたとえばニュースサイトも、ターゲティング広告を配信してきます。トラッキングを阻止するソフトウェアやプライバシーに配慮したサービスを使えば、そうしたものを回避できます。私の場合は最近、Googleで検索するのをやめて、プライバシーに配慮したWeb検索プラットフォームであるDuckDuckGoに切り替えました。このサービスも広告を収入源としているため、広告が表示されないわけではないのですが、トラッキングはされず、Google Adsのような巨大な広告ネットワークに組み込まれてもいません。つまり、他のサイトで表示される広告に、検索結果を流用されることはありません。

まとめ

大切に思う人々と顔を合わせて会話する時間を増やし、煩わしい広告を目にする回数を減らしたことは、私に良い効果をもたらしました。もしかすると、あなたにも同じ効果があるかもしれません。私の場合、同じ問題を抱えている人が周囲にいることが判明して、一緒に解決に向けて動いたり(少なくとも、問題を共有したり)することで問題がかなり軽くなった気がしましたし、一人で考えるより耐えられるようになりました。

ハリ氏の著作を呼んで自分の人生を少し見直したことで、私は以前より幸せな人間になった、と言ってよいのかもしれません。そこに至るプロセスは、オンラインでのプライバシーを強化するという私の考えと合致していました。また、本当に価値あるものを再構築する作業の一環として、私は少なくとも他の人々の生活を向上させる可能性のある何かを作り出したいと思っています。そのために私はこの記事を書いていますし、この記事にヒントを得る読者が一人でもいることを願っています。