2017年3月1日

子どもと会話するCayla人形に盗聴の恐れ:ドイツで使用禁止に

ニュース 特別プロジェクト 脅威

先日、同僚がBBCの興味深い記事を教えてくれました。ネット接続型の子ども向け玩具にハッキングの恐れがあるとしてドイツ当局が破棄を命じた、というニュースです。

問題となったCayla(カイラ)人形は、マイク、スピーカー、Bluetooth送信機の付いた対話型人形です。子どもに何か質問されると、インターネットに接続して答えを探し出します。しかし2015年の調査で、Bluetoothモジュールにセキュリティの対策が施されていないため、これを悪用されると子どもとその親が盗聴やのぞき見に遭う可能性のあることが判明しました。このため、ドイツ連邦ネットワーク庁が、この玩具の破棄を親たちに勧告したのです。

破棄せよ、とは極端な気もします。例のBBCの記事(英語)によると、英国の玩具協会はCayla人形に「特別なリスクはない」と指摘しています。

一方、ドイツ連邦ネットワーク庁のヨッヘン・ホーマン(Jochen Homann)氏は次のように述べています(ドイツ語記事)。

「カメラやマイクが内蔵されていて信号を送信できる商品は、検知されることなくデータを送信してプライバシーを侵害する可能性があります。その最たるものが子ども向け玩具です。ドイツではCayla人形が禁止されました。これは社会で最もか弱い存在を守ることでもあります」

Cayla人形に対する懸念が持ち上がったのは、今回が初めてではありません。実は昨年末にも、米国で同様の苦情が上がっています(英語記事)。

これまでにもお伝えしてきたように、IoTのセキュリティ対策は不十分です。IoTを利用して活動するMiraiボットネットは、一部の大手Webサイトに大損害を与えました(英語記事)。これ以外にも、おもちゃメーカーのVTechサンリオタウン、さらにはベビーモニターまでもが、デバイスの悪用を受けたり、セキュリティ侵害によって情報を流出させたりしています。リモートで乗っ取られる恐れのあるバービー人形の話題もありました(英語記事)。

今回のことでMy Friend Caylaの製造元を責めるのは簡単ですが、それで何かがすぐ好転するわけではありません。それよりも、親御さんたちにはぜひとも「考える」ことをお願いしたいと思います。ネットに接続されるものをお子さんに買ってあげる前に、ネット接続することでプライバシーと個人情報にどんな影響があるのだろう、と意識するということです。

子どもの安全を守るのは親の責任です。Caylaのような人形は魅力的な玩具ですが、自分の家族の様子を密かに知られてもいい、という人はほぼいないのではないでしょうか。しかも価格が50~60ドル、これに送料もプラスされると考えると、プライバシーを諦めるのに対して結構な金額を支払うことになります。

セキュリティへの配慮が不十分な玩具は、今後も出てくることでしょう。では、どうすれば?

個人の判断に委ねられる問題ではありますが、私が子どもにおもちゃを買ってあげるときや子どもが誕生日やクリスマスにもらったプレゼントをチェックするときは、こんなところを見ています。参考としてご紹介します。

  1. ネット接続させる必要があるかどうか判断する:我が家では玩具をネット接続させないのが普通です。例外もありますが。
  2. どんな情報を収集するアプリ・おもちゃなのか確認する:子ども向け玩具にひも付くサイトをいくつか調べてみたところ、やたらと多くの情報を要求するサイトがいくつかありました。誕生日、住所、名前、兄弟姉妹の名前、位置情報といった具合です。何者かになりすまそうと企む者にしてみれば、喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。
  3. あらかじめ設定されている規定のパスワードを変更できるか確かめる:私の子どもが、絵本を天井に映し出すおもちゃをもらったことがあります。これが驚いたことに、Wi-Fiパスワードをネットワークから削除するように求め、さらにスマートフォンのセキュリティ設定を上書きさせるようにと要求してきました。複雑なパスワードを保存できないからだそうですが…。これではセキュリティが台無しです。
  4. 許容できるレベルを定めた上で、その玩具が子どもにとって本当に必要なものかどうか判断する。
  5. 今はデジタルの時代である以上、価値ある情報の入ったデバイスやサイトはどれも狙われているのだということを、常に忘れない。
  6. その玩具に関するレビューを読み、安全上の注意事項を確認する。

私は、自分用のデバイスを買うときも、上記項目をすべて確認するようにしています。

親の役目とは、子どものそばにいて、正しい方向に導くことだと思います。いつか子どもを危険にさらすかもしれないものを与えていては、役目を果たしたことにはなりません。大人としてのふるまいを求められることを、忘れずにいたいものです。